院長からごあいさつ

 
 

◉はじめまして


   

    院長松山は生物学の研究者でした。みちのく杜の都、仙台にある東北大学というところで、南方熊楠や「風の谷のナウシカ」で少し世に知れることとなった「粘菌」を使った研究をして博士号をもらっています。そのあと、アメリカはテキサス州ヒューストンへ渡って医学系の大学で分子生物学、最先端バリバリの研究を続けます。3年半後に日本へ帰って来て、今度は大阪大学というところで分子生物学の次の時代の学問を模索するような研究に関ります。複雑系と呼ばれる分野で、生物の共生のメカニズムを探っていました。

 

 でも、研究することは、、深く知ろうとすることは、生物を自然を否応なく傷つけてゆくんですね。だってそれはエゴからの行動ですから。出来るだけ傷つけないような方法を選んできてはいるんですが、やっぱりなんか、続けているうちに、自分が不遜に思えてくる。


 僕は生物学で「生きている」というのはどういうことなのか?を知りたいと思っていました。でも途中で気がついたんです、生きていることを単に頭で「知りたい」のではない、生きているということを自分の全存在をかけて感じ取りたい、出来れば生きているということそのものとひとつになってしまいたい、というのが本当の願いだったんだ、と。


    一方、大学での研究生活を続ける傍ら、ぼくは新体道という武道を続けてきました。新体道というのは無敗最強の武道家にして天才アーティストでもある青木宏之師が創り上げた稽古体系です。空手を始めとする武道を基にしてはいるののの、それらをいったん徹底的に解体し、からだの奥に潜んでいる未知の可能性を導き出し開花させるためのまったくあたらしいシステムとして再構築したものなのです。だから新体道を武道と呼んでよいのかどうか微妙なんですけどね。武道ってものを超えてしまっている訳ですから。


 新体道を稽古していると「生きていることそのものとひとつになる」体験というのはわりと頻繁に経験出来るんです。そうしてそんな体験を何度も何度も繰り返し経験してゆく中で、ある日ある時突然に、気付いたんです。「研究の方は、もう、いいや。」って。ちょうど大学の構内を歩いているときだったんですが。じっくり考えて熟慮の末、とかいうんじゃなくて、天から降って来たみたいに、まるで落雷のように来たって感じで、もうその瞬間、辞めることに決めちゃってたんですね。無責任な話で、、、


 その後どうするか、ということもその瞬間にすべて決まっていたみたいです。東洋医学を勉強し始めました。そして東洋はり医学会関西支部という鍼医集団に出会います。ぼくは高校生のとき、くびを痛めていて、それ以来頭痛がしたり、くび肩がこったり、とくにデスクワークがきつくなるとしんどくて。いろいろな治療を試して来ていて、新しい治療を見つけると受けにいってみる、といった感じで治療を受けるのが趣味みたいになっていました。そんな経験の中でも東洋はり医学会の治療はすごいんです。バチッと効いて効き目が長い。からだが内側から調えられて、本来のあるべき自分に戻ってゆくみたい。で、鍼するっていっても手や足に皮膚に触るか触らないかくらいの微妙〜な鍼をして痛くも何ともない。脈を診ながら、ゆっくりゆっくり一本一本丁寧に丁寧に鍼をしてゆくリズムもとても気持ちいい。入会してみると会の雰囲気もとてもいい。伝統的な習い事の世界に多い、秘密主義、閉鎖性、カリスマ崇拝、みたいなのがまったくなく、 民主的で、オープンハートで、優秀な研究者集団と似てとっても気持ちのいい集団でした。


 そこでは我が師匠、丸尾頼廉先生にも出会いました。威張らず飾らずいつも自然体で、見た目は目立たないただのオッサンですが、困ったひとがいたら、そこが治療室でなくてもどこででも治療してバチッと直してしまう。カッコいい!そのうえ僕が今までに出会ったたくさんのひとのなかでも誰よりずば抜けてやさしい。そういうものに、わたしはなりたい、というような、そんなこころから敬愛できるひとを師匠に持つことが出来ました。


 そしてついに、師匠のもとから独立して、自分の場所で自分のスタイルの治療をしてゆくことになりました。師匠には到底及ばないながらも、痛みを抱えているひとの苦しみを少しでも軽くしてゆくお手伝いが出来たらと願っています。よろしくお願い致します。